昔ながらの和室に欠かせない障子や欄間。その建具を美しく装飾する技法に、組子細工がある。釘などをいっさい使わず、細かく切った木材を手作業で組み合わせ、200通り以上の様々な文様を組み込んでいく。伝統的な技術を誇る、日本家屋の美の象徴とも言えるだろう。大工の下に生まれながら、この技術を独学で修得した田中松夫さんは、その道52年のベテランの組子細工師だ。組子の技術を守りながら、新たなもの作りに取り組んでいる。今もその研究に余念がない。
――中学を卒業してこの道に入られた。
「私はもともと大工の三男坊です。でも実は、高いところが苦手でね(笑)。後を継ぐか迷っていました。ところが、親父が急に戦死してしまったのです。その後は正直食うのがやっとで、3番目ともなると、私まで手が掛けられないでしょう。それで、中学を出るのと同時に上京し、建具屋にでっち奉公しました」
――なぜ組子細工を始めたのですか。
「私が修業した建具屋は、主に彫刻ものの建具を作っていました。逆に組子細工で作ることは少なかったので、組子を自分で考えて、本を見ながら独学で覚えました。実際のところは、食うためならどんな仕事でもやろうと思ったのです。そこから組子細工を本格的に学び、39歳のときに独立しました。『建松』という屋号を掲げて、私が初代になります」
――何種類ぐらいの文様ができますか。
「だいたい250種類くらいは作ることができます。麻の葉、胡麻、桜など、菱形のパターンが基本ですが、千本格子や雪形亀甲などを作ることも多いです。原型をアレンジして、オリジナルの文様を作ることもあります。例えば、昔釣りに行ったときに釣れたヒトデを見て、そんなものを作ったこともありました。われわれは花物(はもの)と呼びますが、変形を含めると300種類くらいはあるかもしれません」
――腕のみせどころはどこですか。
「組子の技術で一番難しいのは、組子の線がまっすぐなるかどうかです。木材を細かく組み合わせていくので、千分単位で削っていく必要があります。そのために重要なのは、いわゆる墨付けです。この墨付けの方法に、私ならではの職業秘密があります。コンパスを使うと早いですが、そうすると必ずズレが生じますからね。次に組手(くで)と呼ばれるかみ合わせの部分。これが非常に難しいです。組手がすっと入るくらいでないと、必ず最後に歪みが出てきます。これは何十年の経験で得た勘であり、身体が覚えている感覚でしかありません。夏と冬でも木の質が変わるので、それに合わせて削ります。ひとつひとつ、どんなに小さなパーツでも、サクっと組み合わさるよう、すべてに細かい切り込みをいれています。こうすることで、はじめてまっすぐの線になります」
――技術を生かして異素材なども取り入れていらっしゃる。
「例えば、一般的に組子細工で衝立を作る場合、木材は木曽桧や神代杉、屋久杉などを使い、千本格子という形で組みます。しかし、それではつまらないと思い、格子の部分に竹を使いました。普通、組子細工で竹は使いません。これは誰でも浮かぶようなアイデアではないですね。とても好評で、次の展示会でも出そうと考えています。最近の試みとしては、置き床やテレビ台などの小さめの家具や、行燈、小物などを作っています」
――やはり、建具を使用する場所は減っていますか。
「昔は障子や欄間など、多くの建具を作っていましたが、日本の住宅スタイルの変化によって、その需要は激減しています。そもそも今は和室がない家が多いですから。私も最初は欄間ばかり作っておりましたが、それだけでは売れなくなりましてね。今は昔ながらの建具に加え、お客さまの要望に合わせて、組子細工を取り入れた新しい商品づくりを考えています。女性もののアクセサリーを作ったのも、そういうヒントを得たからです」
――アクセサリーとは、新しいですね。
「定期的にデパートで実演販売をしていますが、ある時女性のお客さまから、『女性ものの小物を作ったらどうですか?』と言われたのがきっかけです。職人気質なもので、最初は抵抗がありましたが、やっぱりやってみようと思いまして。それでピアス、ネックレス、イヤリングなどを作りました。これが意外に評判いいです。あとはコンパクトミラーや爪楊枝入れ、八角に加工した菜箸などがあります。菜箸は最近のヒット商品で、デパートでも100膳はいつも売れてしまいます」
――今後はどういう組子細工を作っていきたいですか。
「伝統的な形は守りながら、お客さまの要望に合わせて、一緒に新しいものを作っていきたいと思っています。使う木材もそうです。一般的に組子細工は、杉や檜などの針葉樹を使うことが多いですが、私はそれ以外の木材も取り入れるようにしています。とくに小物には、紫檀、黒檀などの高級資材を使うことで、組子細工にまた新しい価値がつけられればと。私はやっぱり木が好きですからね。今後は家具から小物、セット販売なども含めて、商品の幅をもっと増やしていきたいです」
写真:岡村靖子 構成:田村容子
――中学を卒業してこの道に入られた。
「私はもともと大工の三男坊です。でも実は、高いところが苦手でね(笑)。後を継ぐか迷っていました。ところが、親父が急に戦死してしまったのです。その後は正直食うのがやっとで、3番目ともなると、私まで手が掛けられないでしょう。それで、中学を出るのと同時に上京し、建具屋にでっち奉公しました」
――なぜ組子細工を始めたのですか。
「私が修業した建具屋は、主に彫刻ものの建具を作っていました。逆に組子細工で作ることは少なかったので、組子を自分で考えて、本を見ながら独学で覚えました。実際のところは、食うためならどんな仕事でもやろうと思ったのです。そこから組子細工を本格的に学び、39歳のときに独立しました。『建松』という屋号を掲げて、私が初代になります」
――何種類ぐらいの文様ができますか。
「だいたい250種類くらいは作ることができます。麻の葉、胡麻、桜など、菱形のパターンが基本ですが、千本格子や雪形亀甲などを作ることも多いです。原型をアレンジして、オリジナルの文様を作ることもあります。例えば、昔釣りに行ったときに釣れたヒトデを見て、そんなものを作ったこともありました。われわれは花物(はもの)と呼びますが、変形を含めると300種類くらいはあるかもしれません」
――腕のみせどころはどこですか。
「組子の技術で一番難しいのは、組子の線がまっすぐなるかどうかです。木材を細かく組み合わせていくので、千分単位で削っていく必要があります。そのために重要なのは、いわゆる墨付けです。この墨付けの方法に、私ならではの職業秘密があります。コンパスを使うと早いですが、そうすると必ずズレが生じますからね。次に組手(くで)と呼ばれるかみ合わせの部分。これが非常に難しいです。組手がすっと入るくらいでないと、必ず最後に歪みが出てきます。これは何十年の経験で得た勘であり、身体が覚えている感覚でしかありません。夏と冬でも木の質が変わるので、それに合わせて削ります。ひとつひとつ、どんなに小さなパーツでも、サクっと組み合わさるよう、すべてに細かい切り込みをいれています。こうすることで、はじめてまっすぐの線になります」
――技術を生かして異素材なども取り入れていらっしゃる。
「例えば、一般的に組子細工で衝立を作る場合、木材は木曽桧や神代杉、屋久杉などを使い、千本格子という形で組みます。しかし、それではつまらないと思い、格子の部分に竹を使いました。普通、組子細工で竹は使いません。これは誰でも浮かぶようなアイデアではないですね。とても好評で、次の展示会でも出そうと考えています。最近の試みとしては、置き床やテレビ台などの小さめの家具や、行燈、小物などを作っています」
――やはり、建具を使用する場所は減っていますか。
「昔は障子や欄間など、多くの建具を作っていましたが、日本の住宅スタイルの変化によって、その需要は激減しています。そもそも今は和室がない家が多いですから。私も最初は欄間ばかり作っておりましたが、それだけでは売れなくなりましてね。今は昔ながらの建具に加え、お客さまの要望に合わせて、組子細工を取り入れた新しい商品づくりを考えています。女性もののアクセサリーを作ったのも、そういうヒントを得たからです」
――アクセサリーとは、新しいですね。
「定期的にデパートで実演販売をしていますが、ある時女性のお客さまから、『女性ものの小物を作ったらどうですか?』と言われたのがきっかけです。職人気質なもので、最初は抵抗がありましたが、やっぱりやってみようと思いまして。それでピアス、ネックレス、イヤリングなどを作りました。これが意外に評判いいです。あとはコンパクトミラーや爪楊枝入れ、八角に加工した菜箸などがあります。菜箸は最近のヒット商品で、デパートでも100膳はいつも売れてしまいます」
――今後はどういう組子細工を作っていきたいですか。
「伝統的な形は守りながら、お客さまの要望に合わせて、一緒に新しいものを作っていきたいと思っています。使う木材もそうです。一般的に組子細工は、杉や檜などの針葉樹を使うことが多いですが、私はそれ以外の木材も取り入れるようにしています。とくに小物には、紫檀、黒檀などの高級資材を使うことで、組子細工にまた新しい価値がつけられればと。私はやっぱり木が好きですからね。今後は家具から小物、セット販売なども含めて、商品の幅をもっと増やしていきたいです」
写真:岡村靖子 構成:田村容子
たなか・まつお/
昭和32年 大工の家庭に育ち、15歳で上京、建具屋に弟子入り。
昭和57年 独立し「建松」を設立。
特に組み物を得意とし、書院障子、間仕切り欄間など数多く作り出した。
機械化が進む近年においても、手で仕上げ、手で作る貴重な職人
昭和61年 江戸川区伝統工芸展にて区長賞受賞。
平成18年 江戸川区指定無形文化財認定。
昭和32年 大工の家庭に育ち、15歳で上京、建具屋に弟子入り。
昭和57年 独立し「建松」を設立。
特に組み物を得意とし、書院障子、間仕切り欄間など数多く作り出した。
機械化が進む近年においても、手で仕上げ、手で作る貴重な職人
昭和61年 江戸川区伝統工芸展にて区長賞受賞。
平成18年 江戸川区指定無形文化財認定。
田中松夫 代表作 四枚屏風-四曲一双 田中松夫さんは組子の技術を極めた結果、建具を初めとして多種多様な商品展開を行っています。 この四枚屏風をその中で代表的な作品の一つとしてご紹介します。 組子の模様は沢山の種類があり、お客様のご要望に合わせたデザインにて製作可能です。また組子の技術を生かして、全て特注品の制作も対応できます。 最近では組子を駆使したテーブルやテレビ台、下駄箱なども制作されています。 息子さんの孝弘さんと親子で楽しく製作されています。 |